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レンタカーの知られざる歴史

time 2015/07/02

実はちょっと面白い「レンタカーの歴史」に迫る

レンタカーは手元に目的にかなった車がない場合や、鉄道や飛行機など公共交通機関を使って訪れた旅先などで、自動車を必要とすることになった際には大変便利なシステムです。
そのため多種多様な車種が揃えられてあり、目的によって最適な車種を選ぶことができるようになっています。

その歴史は古く、昭和24年には会員制の「ドライブクラブ」として運営されていました。
当時は「貸自動車」と称されることが多かったようですが、この貸し自動車による事故やトラブルが相次ぎ、ドライブクラブに対する批判が高まった時期がありました。
そのような状況を受けて法改正がなされ、許可申請規定が明確化されたのです。専用のナンバープレートも新設されましたが、これが黒地に白文字というデザインであったため「葬式ナンバー」として貸自動車そのものも忌み嫌われ、利用者が激減することになります。
相当数の事業者が廃業に追い込まれるなどの事態を打開するために、事業者が協会を組織して陳情を行うなどの活動が行われるようになりました。
その甲斐あって昭和34年にはナンバープレートのデザインが白地にオレンジ色に変更。
しかしこれも「ピンクナンバー」として嫌われたために、昭和36年には現在のような通常の登録車両と変わりないデザインに落ち着き、平仮名のみ「わ」とする改訂が行われたのです。しかし当初はこれでも気にする人が多く、ナンバーの「わ」にマジックで書き足し「ね」にして乗る人もいたとか。
因みに最近まで北海道や沖縄ではナンバーの平仮名が「れ」となっているものがほとんどでしたが、これには諸説あります。
一つには本州からは自家用車で訪れにくい場所であったために利用者が多く、それに対応して車両を増やした結果、「わ」が足りなくなってしまったというもの。

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もう一つはナンバープレートに関する通達文書がFAXで送付された際に、当時の機器は印刷のクオリティが低かったために担当の職員が読み違えてしまったというものです。
後者は俗説とされていますが、いずれにせよ分類番号の3桁化に伴って、「れ」ナンバーは消えゆく傾向にあるようです。

そのような歴史を経てきたレンタカーは、いまや私たちの生活には欠かせないものとなってきています。
一般個人レベルでの利用形態では、出張先や旅行先で便利に使える、自力引越しのためにトラックを借りられるといったメリットがありますが、法人での利用も盛んです。
例えば特定の季節に販売量や出荷量がピークを迎える商品を扱う会社では、その季節のためだけに車両を保有していても不経済です。
そのためレンタカーを活用しているのです。
多くの事業者ではそのような需要のために、一般貸出とは別の料金形態のマンスリーといった長期サービスを展開しています。
また従来レンタカーの最低貸出時間は6時間からとなっているもの多かったのですが、6時間以内の短時間利用、例えば子供の送り迎えのために30分だけ利用したいという需要にこたえて、カーシェリングも登場しました。これもレンタカーの一種とされています。

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